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聖母マリア の不思議 [英語教育とMARY]

 表題は、神秘的な話や、宗教の教義的な話、ではありません。
 あまり真剣に考えないで下さい。例によって例のごとく、一つの失敗談のようなものです。

 今回のお話は、とて~も とてーも 長いので、途中をトバシとばしお読み下さい。(追記:下線)

 さて、話はアンケート調査から始まります。アンケートは、ここで行うものではありません。ご安心下さい。当ブログは、生徒の募集以外行っておりません(どこで行っているか不明ですが)。

 アンケート調査には、つい手を出したくなります。
 私の場合、自分の意見が何かに反映されることが、めったにないからです。

 街中では、キャッチ勧誘のきっかけに利用している場合もありますから、注意が必要です。ですが、ブログランキングサイトなら、その心配はありません。
 ということで、「人気ブログランキング」のアンケート調査をのぞいていましたら、このブログにピッタリのアンケートを実施していました。
 ここのズラッと並んでいるアンケートは、結構バラエティがあって、ついハマッてしまいます。

冊数字の( )内は、はじめから明示してある、ランキング君のアドバイス?です。
Q.
あなたはい ままで何冊の洋書を読みましたか ?
0冊(洋書を手にしてみよう)      3人  
1冊(焦らず持続することを目標に)   3人 
2冊(自信がついたはず)        1人 
3冊(ペースをあげてみよう)       0人
4冊(難しい本に挑戦)           0人
5冊(本棚に洋書が並ぶ気持ちは?) 5人
コメント欄:{  }

 有効回答が少ないですが、当方がここで指摘したいのは、結果そのものよりも、ランキング君のアドバイス?の方です。
 このアドバイス内容こそ、従来の平均的な日本人の考え方、洋書に対する接し方、であると思われるからです。

 まず、最初に、洋書は、読むのが難しく、日常とは無縁であるから、0冊で当たり前、5冊以上も持っていたらスゴイという前提があります。そうでないと、このアンケートが成り立たない、でしょう。

 0冊(手にしてみよう)、1冊(焦らず持続することを目標に)、2冊(自信がついたはず)
2冊で自信がつくんです。それほど洋書アレルギー(これも変な言葉だが、一般に使われている)は強いのか、と思いますね。
 ここで想定している洋書ってどんなものなのでしょうか?4冊目のアドバイスからして、やさしいモノのようなんですが。童話とかムーミン、長靴下のピッピ、なんかを想定しているのかな?

 3冊 ペースをあげてみよう
 4冊 難しい本に挑戦
 ここですね。挑戦する本は、やはり一般の大人向けペーパーバックなんでしょうね。確かに難しいですから。
 でも、そうすると、3冊目まではどんな本を想定しているのでしょうか、というのが、先の疑問なんです。

5冊以上(本棚に洋書が並ぶ気持ちは)、となるわけです。

 要するに、大方の人は、学校の英語教育の中で、「やさしい洋書がある」、「あふれかえるほどある」、という事実に気づかずにいるんですね。
 または、仮に気づいたとしても、どんな本があるのか、どのように入手すればよいのか、という視点が全く欠けているわけです。
 学校の図書室におく、本の選定にも、きっと問題があるのかと思います。洋書絵本の置いてある中学校なんて、おそらくないでしょうから。

 ちまたの本屋さんでは、洋書を全く置いていないか(80%くらいか)、大人向けのペーパーバックの新刊・既刊の有名本が1棚だけある、という状態だと思います。
 やさしい感じの洋書はというと、いきなり、子供棚の、幼児教育(Kids)の、洋書絵本(音声付が多い)に飛んでしまうんですね。
 一般の洋書児童書は、もとより、影も形もありません。本屋さんの多くは、たぶん見たことがありませんから、どんなものか想像もつかない、と思います。

 つまり、「小学生途中から高校生までの間」は、絵本―ペーパバック、の空白期になってしまう、というわけです。
 受験や将来を考えた中・高校生が、自分で又は友人達と、大手書店にいって、洋書棚をウロウロしている姿は結構見かけます。が、単なる様子見なのか、どこをどう探していいか、どんな本があるのか、かいもく不明の様子です。
 そして、やはり、英語学習の方の棚へ行ってしまいます。

 私のよくいく、ブックオフの洋書棚でも、ときたま、そういう人と出会います。以前は、ハリーポッターの第1巻を探していた人も結構いましたが、手にとってみた後、買っていった人は皆無でした。
 あんなに難しくて長い本とは、思わなかったんでしょうね、たぶん。第1巻でそれですから、3巻以降をみたらひっくりかえりますね。

 まあ、また話がそれてしまいまいした。
 中学~高校の間の洋書の位置は、ほとんど空白で、英語の読み物は、英語の勉強が特に好きな学生でstudent timesとか一部の雑誌、それ以外は学校で指定された教材のみ、ということになるんだと思います。

 むろん、今では、私立の高校などでは、授業使用本、指定読書本、の洋書みたいなシステム(つまり、コレは授業で使うから必ず買って下さい、コレコレは買って読んで、読んだ証拠?を提出しなさい、というやつです)、があって、そういう方は、手持ちの洋書が少なくとも2~3冊はあると思うのです。そこの図書館には、少なくとも、ある程度の量の洋書があると、推測しています。

 公立の中学・高校でも、(読めるかどうかわからない)有名本を、読書推奨しているところは多いでしょう。実際の入手・読書は本人まかせ、なので、手持ちの学生は私立より少ないと思いますが。一応、図書室には、洋書がおいてあるのだと思います。

ま~だ、終わらないのか?

まだ、続きます。
もうすぐ、表題の「マリアの不思議」が出てきます。

 私の卒業した都立の高校は、偏差値の低いところでしたが、たまたま、毎年イギリスなどに長期旅行する(夏休み又は春休みに)変わった先生(熱心な先生)がいました。
 100冊くらいでしょうか、その先生寄贈の洋書が図書室に、置かれていました。当時、頭の芳しくない都立高としては異例だったと思います。日比谷高校や上野高校の図書室には、当時でも洋書があったと思いますが、確認できません。

 それでですね、そこで、Mary Poppins(メリーポピンズ) を読んだのが、私の初めての洋書読書、ということになります。もっとも、当時読めそうだったのは、そのぐらいで、あとは多分、それより難しい部類の本だったと思います。当然、絵本は置いてありませんでした。

 でも、メリーポピンズは面白かったですね。あのときの読書体験が、今の、スローガン(やさしい洋書を楽しく読もう))の元なのかもしれません。
 教育熱心な家庭でなかったおかげで、子供時代に日本語の絵本で読んでしまった経験がなかったのも、よかったと思います。どんな話か知らなくて、スゴク驚いたからです。正直、イギリス人はさすがだなと思いました。

 ちなみに、(英語の)常識知らずというのは、恐ろしいもので、
 Mary=聖母マリアの名前
 だと気づいたのは、実は、今から4~5年前です。

 やっと出てきました。これが表題の「聖母マリアの不思議」です( Why? )。

 それまでは、全く知らずというか、気づかなかったんです。どこで、そうなったのか、エアポケットというか、想像すらしませんでした。非常識というよりも、「究極の無知」ですね。英語の本を読むうちに、気がついたんです。
 気づいてみると、イギリス、アメリカなど英語圏の方にMary(メアリとかマリー)名が多いのは必然というか、当然なんですね。英文の聖書をみてみれば、Jhon,George とか、なじみのある名前が並んでいます。
 イギリスのセント・メアリー協会を名前で知っていても、聖母マリアと結びつかないんですね(さすがにこれは、協会まで付いていてどうして気がつかなかったのかと思っています)。
 話がそれますが、最近話題(もう既に古いか?)の 、イエス・キリストの恋人かと言われるもう一方の方のMary さんのお話、MARY CALLED MAGDALENE ( MARGARET GEORGE 著)(マグダラのマリア)、を入手したのですが、以前ならば、題名を読んでも、全くピンとこないわけです。

 マリアぐらい、常識でわかるだろう、という声もあります。かなりな、無知ではあります。

 そんなわけで、マリア様まで出してですね、何がいいたいか、というとですね。

 「やさしい洋書」を中学生、高校生のときに読むような環境が、全くない、ということなんです。
 Mary=聖母マリアに気づくかどうかは別として、それを気づかせてくれる、普通の平凡な本、やさしい洋書、そのものが、ないわけです。もっとも、無知は私だけなのかもしれませんが。

 学校の図書室にはありません。町の図書館にも、読める本はほとんどありません。
 有名洋書・有名児童書はあるのです。トムソーヤーの冒険とか、その類のやつです。しかし、これが、なかなか難物です。分量も多くて、辞書と格闘して1~2カ月ぐらい、という感じの本ばかりです。
 高校生が既に学習した知識レベルからすれば、多少辞書を駆使すれば、十分読める、いわゆる「想定内」の本のはずなのですが。
 でも、現実は、また別問題です。読むのに、丸々一月以上はかかってしまう気のする、そんな本は、よほど決心をしないと、ふつうは読まないのです。たいがい、そんな本しか置いてないんですね。

 わが足立区の中央図書館は、都内では有数の洋書蔵書を抱えていると思います。
 しかし、中学・高校生の読むような、というより実際に読めて楽しめるような本は、ほとんどありません。
 有名絵本(信じられない数の洋書絵本がそろっています)や、有名児童書(これが中高生が読めない児童書ですね)、大人向けペーパーバック、の3点セットを揃えています。

 もっとも、なかには奇特な司書の方もいて、支所の竹の塚図書館というところには、My Father’s Dragon(エルマーの冒険シリーズ第1巻)や、講談社英語文庫(30冊ほど)などの本を、置いてくれています。

 つまり、結論を言うと、公的な図書環境(学校、図書館)には、絵本、読めない有名児童書、読めないペーパーバックの、読めない読まない3点セット、しか置いてない、といって過言でありません。
 町の本屋さんには、NHKエッセイか一部のラダー本が置いてあればよいほうです。

 中学生・高校生でも読める洋書は、よっこらしょ(古い!)と、大手書店の洋書フロアに行かないと、お目にかかることすら難しいのです。これでは、洋書読書に親しめるわけがありません。そもそも、読む対象の「本そのもの」がなく、読書環境がないのですから。

 最近は、多読とかラダーシステム・グレードリーダーの考えも広まってきて、学校教育の現場でも読書授業がちらほらと行われていると、ききます。多読塾・教室もそれなりにあると思います。
 しかし、まだ、ほとんどの中学・高校生が、やさしい洋書を楽しく読める、環境に全く近づくことができません。やさしい洋書の存在すら、想定できない人も多いと思います。
 これが、前述のアンケートにそのまま現れているのだと、考えます。
 アンケート作成者のアドバイス?こそ、洋書のおかれた現状、なのだと思います。

  ま~だ、話はおわらないのか?

 もう少し続きます。
 もう少し続きます。 ここから横に、けっこうそれます。
 いままでよりは、多少、面白くなると思います。

 実は、こんなことを言うのには、少し事情があります。

 だいぶ以前のこと、洋書を集めすぎて、当時の部屋(もちろん、ご存知?の賃貸アパートですが、今と異なり2階の小さな部屋)では、収納が危なくなってきました。床が抜けてはいけません。持ち物を処分しましたが、それでも少し(大変に)容量オーバーです。

 そこで、仕方なく、足立区の図書館に相談にいったのです。
 寄贈の相談です。
 私のところにある、中学・高校生が読めるような、足立区図書館には現在ない、「やさしい洋書」を寄贈したいのですが、どうでしょうかいう内容です。
 洋書の中高生・青少年コーナーのようなものが、足立区の図書館管轄内の数箇所に、タダでできますよ、という提案です。

 具体的に言えば、当時、普通のやさしい本が800冊ぐらい、それとは別にグレードリーダが200冊くらいあったかと思います。
 数の制限である程度集約する必要がありますが、支所3つに各200冊を配置し、中央図書館にグレードリーダーを含む4百冊という構想で、ある程度広く足立区をカバーできないだろうか、、という提案をもって寄贈の相談にいったのです。
 足立区は図書館同士の連絡は密なので、他の支所在置の本も自在に取寄せできます。
 洋書の読書環境が多少変わるだろう、と思ったのです。

これは、実は、断わられました。
いや、真実は、寄贈が断わられたわけではありません。

提案が断わられたのです。

寄贈は差し支えない。どうぞご寄贈下さい、ということです。
しかし、どう利用するかは、図書館の都合で決めます、という返答でした。
そこで、一応は聞いてみたのですね。実際に寄贈したら、どうなるかをです。
(まあ、提案を断わられた時点で、予測はついたのですが。)

1. まず、足立区の図書館には、それだけの量の洋書を並べて置いておくスペースがありません。(まあ、そうですね。)
2. 本の内容を具体的に把握して、適切な配分や管理のできる司書を、常時確保できる保証がありません。(まあ、そうかもしれません。)
 3.したがって、倉庫に保管させていただいて、しかるべき時節がくれば、活用させていただくことになろうかと、思います。(やっぱりね。)

 つまり、私がそれなりに収集した洋書本を、かりに、足立区図書館に寄贈すると、倉庫に眠ったまま、だれの目にもとまらない、という運命になるわけです。

 図書館の運営は、区民の税金の上で成り立っていますから、個人的な思い入れや何かでは本の配置をできない、というのは、図書館として、正当なことです。

 この点を、否定するつもりは、さらさらありません。例えば、個人の将棋の本コレクションや盆栽全集(そんなものがあれば)を、寄贈するから棚に置いておけ、と言われても、対処に困るでしょう。私の収集した本(寄贈しようとする本)も、それと同列の扱いとなるのは、個別の状況を見なければ、しごく当然なのです。
 しかし、現在の図書館においてエアポケットのように欠落している部分を、そっくりタダで補充できるものを、単に面倒だからやらない(本音としてはそんなところかと考えています)、というのはどうでしょう。

 私は、本の図書館ゆきを、断念しました。
 手狭だという事情以外に、手元においておいて悪い理由はありません。
スペースがないどなら、テレビを捨てればいいだけです(実際に廃棄したので、いまだにわが部屋にテレビはありません)。スキー道具も捨てましょう。和書も300冊ほど泣いてもらいました(どこかで読めるので)。
 何よりも、手元においておいた方が、私一人の目にとまるだけでも、図書館内死蔵よりもましなはずです。

 というわけで、それからも本を収集し続け、現在のSUNNY-SIDE UP となったわけです。

 それにしても、いまだに、当時の足立区図書館の方の、頭の中をのぞいてみたい気持ちです。
 足立区館内に、タダで、中学・高校生向けの、一応の洋書コーナーを作れるという提案(1000冊寄贈)を、一顧だにせず、即座に拒否するとは。
 まあ、突拍子もないことを突然言われて、他に考えようもなかったんでしょう。

 でも、やはり、図書館に、そういう本が数多くあればいいのに、と思うのです。
 学校の図書室でも、同様です。難しすぎるのです。有名本頼りなのです。実際に読むことを想定していない、としか思えません。
 私の母校にメリーポピンズがあったのは、ひとえに田村茂(たむらしげる)というReary ? な名の先生がいたからに他なりません。ちなみに、同僚に昼間明(ひるまあきら)という地学の先生もいました。
 
  それで、つまり、結論を言いますと、まあ、人頼みなのですが、「やさしい洋書」を中学生、高校生のときに読むような、読むことが可能となるような環境が、できればいいな、ということなんです。

 お願いマリア様( そこかい!)。

ということで、今回も愚痴になってしまいましたが、では、これで。
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